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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)10号 判決 1967年1月19日

原告 財団法人望月電波研究所

被告 特許庁長官

主文

昭和二九年抗告審判第二、四一八号事件について、特許庁が昭和三五年一月二〇日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、双方の申立

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、請求原因等

原告は本訴請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は「多重多段時分割通信方式」なる名称の発明について、昭和二七年一〇月二二日特許庁に対しその特許を出願(昭和二七年特許願第一六、七二九号)したが、昭和二九年一一月一日拒絶査定を受けた。そこで、これに対し同年一二月八日抗告審判を請求(昭和二九年抗告審判第二、四一八号)したところ、昭和三五年一月二〇日右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その審決書の謄本は同月二八日原告に送達された。

二、原告の本件出願にかかる発明の要旨は、その請求範囲に記載するとおり「同時に送受せられ、その相互が同一繰返し周波数を有する複数段の各別の時分割通信チヤネルを具え、同期信号がその一チヤンネルのみに挿入せられ、他の段のチヤンネルの同期信号位置は通信路として利用される多重多段時分割通信方式」にある。

三、審決は昭和二七年五月二四日の出願にかかり昭和二九年五月一五日に出願公告となつた特許第二〇八、〇六一号(特公昭和二九年第二、六六二号)の明細書並びに図面に記載された多重通信装置に関する発明を引用し、本願発明と右引用発明とは結局同一なものであると判断し、本願は右引例に対し後願の関係にあるものとして旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第八条の規定を適用してその特許出願を拒絶すべきものとした。

四、しかし右審決は次の理由によつて違法であつて、到底取消を免れない。

(一)  審決は右のとおり旧特許法第八条を適用して本件出願を拒絶したものであるが、本件出願に対する引用先願特許発明の要旨を確定していない。

旧特許法第八条は、二以上の出願についてその発明の要旨が同一である場合、最先の出願者に限り特許すべき旨の規定であるから、この規定を適用して本件出願を拒絶するためには、本件出願のみならず、引用先願についてもその発明の要旨をまず確定しなければならない。然るに審決は、本件出願については、その発明の要旨を訂正書記載の特許請求範囲通りと簡単に認定しているが、引用先願発明については、「明細書並びに図面に………装置が記載されている」と述べるだけで、肝心の発明の要旨がどこにあるかを認定していない。これは審決の重要な欠陥である。

(二)  また審決は「時分割通信パルス列を多段的に構成し、同期信号はその一段にだけ挿入するという本願発明の着想は引例と何ら変りはなく、同一と認めざるを得ない」と説示し、且つこのことを本件出願と引用先願とが同一発明であると認める一つの重要な根拠としているもののようであるが、それは妥当でない。

一般に、仮りに先願発明と後願発明とがその基本的着想において一致しているとしても、その基本的着想を発展させて構成された発明の要旨において両者間に重要な相違があれば、両者は同一発明といい得ないことは多言を要せずして明らかである。従つて基本的着想が同一であるが故に直ちに同一発明といい得ないことは勿論である。

本件の場合、本件出願発明と引用先願発明との間に一つの基本的着想において一致するものがあることは原告もこれを認める。しかしその基本的着想に衣を着せて現実に出来上つた発明の要旨においては以下記載のような顕著な相違がある。

引用先願発明は、その明細書中特許請求範囲の記載に明らかなように、各々が時分割信号を担持する複数の副搬送波と、これらを送受するための主搬送波とを具備することを前提条件とする多重通信装置にかかるものであつて、発明の要旨は、これを要約すれば、同期信号を右主搬送波に挿入してすべての副搬送波の該同期信号相当位置を通信路として利用するか(第一図及び第二図、図示の実施例)、または副搬送波の一にのみ挿入して他の副搬送波の該同期信号相当位置を通信路として利用する(第三図、図示の実施例)という点にある。従つて複数の副搬送波及び一つの主搬送波を具備するということは、この発明に不可欠の要件であつて、これを離れてこの発明の存立はあり得ない。

これに対し、本願発明は抗告審判における訂正書中特許請求範囲の記載にあるとおり、一般に「同時に送受せられ、その相互が同一繰返し周波数を有する複数段の各別の時分割通信チヤンネルを具え」ることを前提条件とする多重多段時分割通信方式に関するものであつて、その発明の要旨は、右のような通信方式において「同期信号がその一チヤンネルのみに挿入せられ、他の段のチヤンネルの同期信号位置は通信路として利用される」ようにする点にある。従つてこれを前記引用先願発明と比較するとき、必ずしも複数の副搬送波及び一つの主搬送波を具備するという前提条件を必要とせず、より広い視野に立つて完成された別異の発明であるということができる。これを別の観点に立つていうならば、本願発明は引用先願発明と比較して、かなり広汎な範囲の発明であることは事実であるとしても、それが独立して一つの発明を構成しないという理由はこれを見出すことができず、従つて一つの発明を構成するものであり、且つ引用先願発明と比較して、その権利範囲が明らかに相違するという一点だけからでもこれと同一発明ではないということできる。

(三)  審決はその審決理由の全般を通じて本件出願発明の要旨と引用先願発明の要旨との相違点を正確に認識していない憾みがある。

まず審決は「両者共にその相互が同一繰返し周波数を有する複数段の各別の時分割通信チヤンネルを具え、同期信号がその一チヤンネルのみに挿入され、他の段のチヤンネルの同期信号位置は通信路として利用される点で同様である」といつているが、これは事実と若干相違する。すなわちこの所説の一致点は、本件出願の特許請求範囲の記載通りであるから、本件出願のものは正にその通りであるが、引用先願のものは、前記第三図示の実施例については所説のとおりであるとしても、第一図及び第二図図示の実施例については、同期信号は主搬送波に乗せられ、主搬送波は通信路に利用されないのであるから、所説の一致点とは相違するものである。従つて引用先願発明の一実施例が所説の点で同様であるというのならばともかく、引用先願発明の要旨がそうであるということは誤りである。

次に審決は「引用先願発明は無線通信で受信側に伝送するものであるに対し、本願発明は無線通信のみならず有線通信をも含めた手段で受信側に伝送するものである」との意味のことを述べて、恰かも両者の差異を前者が無線通信だけ、後者がそれに有線通信をも加えたものと簡単に割切つて解釈しているもののようであるが、両者の差異をこのように、無線有線に関する差異と見るのは誤りである。すなわち、引用先願発明は前記のようにあくまでも複数の副搬送波及び一つの主搬送波を具備することを前提条件とするものであるから、本願発明と異なる特徴を簡明に表現すれば、多数の信号を周波数的に多段にし、且つその多段にするために使用された複数の副搬送波を一つの主搬送波に乗せて伝送するというものである。これに対し、本願のものは、この周波数的に多段にするという制限を撤廃し、且つ一つの主搬送波に乗せるという制限をも撤廃したものである。このように周波数的でなく多段にする手段としては、例えば独立有線的に多段にする手段が考えられるが、或いはまだ他にも手段があるかも知れない。また同じく周波数的に多段にするにしても、複数の搬送波を一つの主搬送波に乗せることなくそのまま同時に有線または無線で伝送する場合も考えられる。このような制限が撤廃された半面、本件出願のものは同期信号が必らず複数段の時分割通信チヤンネルのうちの一つに挿入されるという制限を有するものである。要するに、引用先願発明と本願発明とを無線有線の点で区別することは誤りであつて、これを無理に簡明に区別しようとするならば、例えば前者は周波数的に多段にするという制限があるに対し、後者は独立有線的に多段にする場合をも含含すると表現すべきものである。また本願発明の要旨は引用先願発明の要旨を全部包含するという見解は必ずしも正しくなく、両者は互いに共通の範囲を持つが、また互いに牴触しない各々独自の範囲を持つということが正しいであろう。

引用先願特許発明は複数の副搬送波の全部を主搬送波で受信側に伝送する通信装置である。この複数の副搬送波を乗せた主搬送波の合成波を受信側に伝送するには、無線通信による方法のほかに、同軸ケーブルとか導波管などの有線電送方式があることも考えられる。従つて引用発明は必ずしも無線通信方式に限るというものではない。そして引用発明はその特許請求範囲の記載によれば、前記のように複数の副搬送波の全部を主搬送波で受信側に伝送するものであることを必須要件とするものであり、これを前提として成り立つた発明である。従つてまたこの前提条件があるからこそ、他の発明構成上の重要要素たる時分割切換用同期信号はこれを主搬送波にのみ挿入してもよいという他の必須要件が存在し得るのである。これに対し、本願発明は、右の引用発明における必須要件、すなわち複数の副搬送波の全部を主搬送波で伝送するという条件とは全く無関係のものである。すなわち、引用発明はいわば狭い視野に立つてせられた発明であるに対し、本願発明はもつと一般的な広い視野に立つてせられた発明である。本願発明の明細書には「1、2、3はその各々の時分割多重通信信号の入力で、搬送周波数の差異または有線路によつて分割されている」と記載されている。この記載によれば、線路1、2、3により伝送される電波は互に異なる搬送周波数のものでもよいし、また同一搬送周波数のものでもよい。その搬送周波数が互に異なる場合には、線路1、2、3の電波は送信側から受信側へ共通の一つの伝送線によつて、その搬送波数のまま、または引用発明の場合のように一つの更に高い搬送周波数(主搬送波)に乗せて送ることができる。また右共通の伝送線とは有線に限らず広義に無線伝送をも含むものと解してよい。他方右の搬送周波数が互に同一である場合には、線路1、2、3は送信側と受信側間の全線に亘つて各別の有線路を設けなければならない。この場合には異なる搬送波による多重通信の特徴は失われるが、時分割多重という点で依然多重通信であることを失わないもので、複数の有線路による複数の通信は本願発明の明細書では「多段」の文字により表わされている。そして本願発明は右のすべての場合を包含する発明であるから、これを広い視野に立つてせられた発明という所以である。しかし他方、本願発明は引例発明と違つて、主搬送波及び複数の副搬送波を具備するという前提条件を有しないものであるから、引用発明のように時分割切換用同期信号を主搬送波に挿入してもよいということはなく、同期信号を必らず一つの時分割通信チヤンネルに入れなければならないという条件がついている。従つてこの意味では本願発明の方が引用発明よりもその権利範囲が狭いということができる。いずれにしても本願発明と引用発明とはその基本となる前提条件が異なるのであるから、たとえ一部の重要な構成要素において一致するものがあるとしても、発明を全体として見るとき、両者は異なる発明であるといわなければならないものである。

審決はまた「本願のものの多重多段の手段が引例のもののような複数個の信号を各群毎に異なる副搬送波に托送し、更にその全部を主搬送波で受信側に伝達する送信側の手段をも包含するものであるから」、両者の発明の着想は同一であり、惹いては両者は同一発明であるとの結論に誘導しているが、右両者の多重多段の手段は発明の要旨の単なる前提条件にすぎないから、このような前提条件において前者が後者を包含するからとて、前者の発明の要旨が後者の発明の要旨を全部包含するものとは必ずしもいうことはできない。更にまたこのようなことから、両者の発明の同一を結論することがそもそも誤りである。両者が同一発明であるためには、両発明の重要な構成要素がことごとく相一致することを要するのに、本願発明と引例発明とが、その重要な構成要素において相異なるものがあることは、その各特許請求の範囲から見て明らかである。これを同一発明とする審決の判断の不当であることはこの点からしても明らかである。

(四)  審決は特に明確な表現を用いることは避けているが、その根底に流れている思想は「本件出願の発明の要旨は引用先願発明の明細書及び図面に記載された装置を包含し、または右引例発明の要旨を包含するものであるから、両者の発明は同一である」というもののようである。しかしこのような考え方に基づいて本願発明を引例発明と同一であるとして旧特許法第八条を適用することは不当である。

一般に二つの発明間に広狭の相違がある場合には、その両者を同一発明と認めることはできない。そしてこのことは特許出願の前後にかかわりなくいい得ることである。旧特許法第八条は二以上の発明が同一である場合に限りこれを適用すべき条文であるから、たとえ先願が狭く後願が広いからとて右規定を適用すべきものではない。従つて暗々裡にせよ前記のような考え方に立つている本件審決は失当である。

(五)  特許庁は本件審決に先立ち、審判手続の段階で原告に対し、本件出願の特許請求範囲に有線通信線路を使用することを明記すべき旨命令し、原告の提出した訂正書に対し、審決は「抗告審判請求人(原告)は右訂正書において本願の発明の具体的手段としてあげられた有線通信線路を削除したのであるから、本願の発明の要旨はその具体的手段においても前者(引例発明)と変りは認められなくなつた」と述べている。

しかしこの説示は論理的にいつておかしい。すなわち本願発明は具体的手段がないと認めながら、そのない筈の具体的手段が引例発明と同じであるということは、通常の論理では理解できない。結局この審決説示の趣旨は、本願発明の要旨が引例発明の明細書記載の装置を包含するので、それを避けるために、有線路という具体的手段の限定を設けるよう命令したが、原告がそれに応じないので、無理に同一発明という結論をつけたものであると解せられる。しかし右のように有線路という具体的手段の限定を設けることは本願発明の要旨を不当に狭くするもので、原告にとつて不利であり、且つそのような限定を設けなければならない正当な根拠が何ら存在しない。何故ならこの訂正命令の唯一の拠点と見られる、本願発明の要旨が引用発明の明細記載の装置を包含するので、本願発明は引用発明と同一であるとの考え方がそもそも前記特許法の規定に違反するものであるからである。従つて審決がその命令どおりの訂正がされなかつたからとて直ちに本願発明と引用発明とが同一発明であると結論したのは不当である。

(六)  また若し本願発明と引用発明とが審決の認めるとおりに同一発明であるとすれば、両者の権利範囲もまた自ら同一でなければならない。然るに本件出願発明の明細書に記載される一つの実施例、すなわち有線線路を個別にすることによつて多段化した実施例は、本願発明の権利範囲に属することは明らかであるが、他方引用発明はその特許請求範囲から判断して、主搬送波及び複数の副搬送波を具備するものであることを必須要件とするものであるから、このような主搬送波及び複数の副搬送波を具備しない右実施例は当然引用先願特許の権利範囲には入らないものと考えられる。また反対に引用発明の明細書の第二図に示された実施例はこれを本件出願の特許請求範囲の記載と対照するときそれに該当しないから、本件出願の権利範囲から逸脱しているものと考えられる。このように両者はその権利範囲がかなり顕著に互にずれているものであるから、この意味からいつても両者は同一発明ということはできない。

(七)  要するに本件審決は本願と引用先願発明とを比較して、その一部に共通するものがあるからというだけで両者が同一発明にかかるものと認定したものであるが、それは皮相の比較にすぎず、両者は前記のように発明の前提条件を異にし、従つてまた完成した発明として両者を比較するとき両者間に著しい相違があり、且つまた両者はその権利範囲を明かに異にするものであるから、これを同一発明と認めることは不当である。

五、なお原告は被告の主張に対し次のとおり反論した。

(一)  被告は無線による周波数分割方式は有線回線の搬送式多重電信方式から発達して無線回線に応用されるに至つたものであるから、伝送手段が無線であるか有線であるかは問題とならないという。しかし本願発明の明細書に記載された引用発明と異なる実施例は「有線線路を用いて多段化する」方式であつて、被告の右にいう有線回線による搬送式多重電信方式のような音声周波多重電信とは異なる形式のものである。右従来の有線回線によるものでは、その音声周波が信号(電信符合)を乗せる搬送波であつて、このような搬送波の複数個を互にその周波数を異ならせて一つの有線線路に乗せるのであるから、この多重電信は有線線路を使用するものではあるが、その多段化する方式は依然として周波数的に多段化する方式である。然るに「有線線路を用いて多段化する」といえば、右のように互に異なる周波数の搬送波を一つの有線または無線線路に乗せるのではなくて、各信号を線路別に有線線路で送る方式であると解しなければならない。本願発明は、このように各信号を有線線路別に送る多段通信方式にも引用発明における基本的着想を応用し得るものであるという新たな着想に基いて成立したものであるから、そこに引用発明とは異なる別異の発明が存在することは明らかである。被告の筆法をもつてすれば、本願発明の「有線線路を用いて多段化する」実施例もまた何ら特異のものではない、何故なら信号を有線線路別に送る通信方式が極めて普通のものであるからというかも知れない。しかし信号を有線線路別に送る一般の通式方式そのものは極めて普通のものであるにしても、このような通信方式に引用発明における新規な基本的着想を応用するという着想は、後から考えるほどさほど簡単容易に考えつくものではない。現に当該技術者である被告指定代理人すら本願明細書記載のこの実施例を見落しているではないか。

(二)  次に本願発明の特許請求の範囲が引用先願発明の実施例まで包含していてよいかどうかの問題であるが、なるほど本願発明の要旨を「有線線路を用いて多段化した」部分だけに限定すれば引用発明とは全く牴触関係を生じないので最も無難であろう。しかしそうすれば本願発明の要旨を不当に狭く限定して原告のとうてい耐えられない結果となる。何故なら、本願発明の特許でも押えられず、また引用先願特許でも押えられないものが出て来るからである。すなわち引用先願のような主搬送波を用いず、副搬送波だけの、すなわち各信号を乗せた複数の搬送波をそのまま有線または無線で送る多重多段通式方式などはその一例である。そして本願の発明がこのような多重多段方式の通信方式を除外しなければならない理由はどこにもない。そしてまた引用先願特許発明だけを除外するような発明の一般的表現は困難である。そこで考えてみるのに、若し仮りに引用先願発明が本願の出願前に公知であるとすれば、本願発明の特許請求範囲が公知のものまで包含することは発明の新規性からいつて許されないことであるが、本件の場合はそうではなく、専ら旧特許法第八条の先後願関係だけが問題なのである。そして右規定は先後願が同一発明の場合に限り後願を拒絶し得るのであるから、たとえ後願が先願より広範囲の発明であるとしても、同一発明でない以上その後願を拒絶することはできない。従つて本件の場合、本願発明の特許請求の範囲が引用発明の一つの実施例を包含するからといつて、それは本願発明の要旨自体ではないから、ある実施例が相互に一致するというだけの理由で、両者を同一発明と認定し、右第八条を適用するのは違法である。

(三)  被告は、原告が引用先願発明は必ずしも無線通信方式に限るものではないとした主張をとらえて、それでは本願発明と引用発明との同一を原告自身認めたことになるという。しかし引用発明が無線通信方式に限らないからといつて直ちにそれは本願発明と全く一致するという考え方がそもそも不可解である。本願発明と引用発明との相違は、無線有線の違いと全く関係のない他の点に存することは既に述べたとおりである。

(四)  導波管は有線的な面と無線的な面の両方を持つているので、場合によつては有線ともいえるものである。しかし同軸ケーブルは確かに有線的なものである。

第三、答弁

被告は事実上の答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の請求原因一ないし三記載の事実はこれを認めるが、四における主張はこれを争う。

二、(一) 原告は審決が引用先願特許発明の要旨を認定していない欠陥があると主張する。しかし審決は引用発明について、その「明細書並びに図面には………の記載がある」とはしているが、右明細書等の記載内容として表示した部分は、引用発明の明細書における「特許請求の範囲」に記載せられた文言そのままであつて、原告主張のように「引用発明の要旨の認定」なる字句こそ使用していないにせよ、そこに記載せられた内容は引用発明の要旨と認められるものそのものに外ならないのであるから、審決に原告主張のような欠陥があるとするのは当らない。それに審決全文から判断しても、本願発明と引用発明とを技術的に比較し、それが同一発明であるかどうかを判断しているのであるから、引用発明の要旨が何であるかを確定しないで技術的な比較ができる筈のものではないのであるから、審決における前記引用発明についての記載事項は、引用発明の要旨についてこれを記載したものと解して然るべきである。

(二) 原告は引用発明は複数の副搬送波及び一つの主搬送波を具備することが、その発明に不可欠の要件であるに反し、本願発明では必ずしも複数の副搬送波及び一つの主搬送波を具備するという前提条件を必要としない点で両者は相違すると主張する。しかし引用発明における副搬送波は、時分割信号を多重多段にする手段であり、主搬送波は、送信側より受信側へ多重多段の時分割信号を伝送するための手段にすぎないものであつて、本願の発明では必ずしも複数の副搬送波及び一つの主搬送波を具備するという前提条件を必要としないと原告が主張するとしても、本願の明細書中には、搬送周波数の差異によつて多段化されること、周波数分割的に多段にすることを明記しており、この多段化の手段を除外しているものではないから、本願の発明が引用発明と相違するという原告の右主張は甚だ矛盾しており、原告主張のような相違は全く認められない。

(三) まず原告は審決が、本願発明と引用発明とが「両者共にその相互が同一繰返し周波数を有する複数段の各別の時分割通信チヤンネルを具え、同期信号がその一チヤンネルのみに挿入され、他の段のチヤンネルの同期信号位置は通信路として利用される点で同様である」としたのを非難し、引用発明の第一、第二図示の実施例は右と異なるものであるという。しかし、引用発明の明細書の特許請求の範囲には「各群に共通な時分割切換用同期信号は主搬送波又は副搬送波の一にのみ挿入され、他の副搬送波の該同期信号位置も通信路として利用される」と記載されており、明確にその発明の要旨として記載された事項と本願発明とは右の点において正に共通するものであるから、右原告の非難は当らない。

また原告は本願発明は「引用発明の周波数的に多段にするという制限を撤廃し、且つ一つの主搬送波に乗せるという制限を撤廃したものである。このように周波数的でなく多段にする手段としては、例えば独立有線的に多段にする手段が考えられるが、或いはまだ他にも手段があるかも知れない」等と主張するが、この主張を本件特許出願の明細書並びに図面について精査するのに、抗告審判中に原告が訂正した特許請求の範囲の記載によれば、なるほど、時分割信号の多重多段の手段については何ら明記していないので、右のような制限を撤廃したように見えるけれども、発明の詳細なる説明の記載では、それらの制限を撤廃したことを明記していないばかりでなく、「搬送周波数の差異によつて多段化されること」「周波数分割的に多段にすること」を明記している。従つて、原告が前記の制限を撤廃したと称しても、その明細書に記載してある手段を見れば、何らそれを除外したものではないから、原告の右主張は単なる主張にすぎず、何ら右原告主張のような制限を撤廃したことにはならない。また多段化の手段として、本願の明細書では「周波数的に多段化する代りに有線路を用いて多段化する場合にも同様に利用される」との記載及び附記第二項に「有線線路を個別にすることによつて多段化される」との記載があり、有線を使用することを明記しているが、その具体的手段が把握できる程度に記載されているものではないから、単にそのような有線によつて多段化される場合もあり得るという軽い意味にすぎない。

また原告は「複数の副搬送波を乗せた主搬送波の合成波を受信側に伝送するには、無線通信による方法のほかに、同軸ケーブルとか導波管などの有線伝送方式があることも考られる。従つて引用発明は必らずしも無線通信方式に限るというものではない」等と主張し、この点を根拠として本願発明と引用発明との比較を行つているが、この原告の主張は誤謬も甚だしい。まず導波管を有線伝送方式の範囲に入れることに被告は甚だ疑問を有するもので、導波管の伝送は有線伝送の概念とは全く相違していることを指摘する。また前記原告の主張のとおりとすれば、引用発明が必ずしも無線通信方式に限るものでなく、有線通信でも可能ということになり、若しそうであるとすれば、引用発明と本願発明とが全く同一発明であることを原告自身自認することとなるのであつて、最早議論の余地はなく、旧特許法第八条を適用した本件審決には全く原告のいうような違法はないということとなる。

また原告は、審決が「本願のものの多重多段の手段が引例のもののような複数個の信号を各群毎に異なる副搬送波に托送し、更にその全部を主搬送波で受信側に伝達する送信側の手段をも包含する」とした点にも意見があるようであるが、本願発明はその特許請求の範囲に記載してあるように、多重多段の手段については何も限定していない。すなわち「同時に送受せられ、その相互が同一繰返し周波数を有する複数個の各別の時分割通信チヤンネルを具え」とのみ記載しているのであつて、その記載の意味するところは、また引用発明の時分割通信に対しても全く同様にいえることである。従つて原告が、「本願発明の要旨が引用発明の要旨を全部包含するものとは必ずしもいうことはできない」というのは誤謬であつて、本願発明の特許請求範囲の前段(前記の部分)の表現自体は引用発明の特許請求の範囲の記載の前段と、表現上の相違はあるが、技術的内容は全く同一であり、何ら変るところはない。また両発明の各特許請求の範囲の後段に記載せられているところも共通のものであること前記のとおりであるから、これを同一発明と判断した審決には何らの違法もないものである。

(四) 先後願関係の二発明が同一発明でない限り旧特許法第八条を適用すべきでないとする原告の主張そのものには被告も異論はない。しかし、先願が狭範囲で後願が広い場合の議論は抽象論であつて、本件審決は広狭の相違を論じているのではなく、両発明が実質的に一致する点を指摘し、同一発明と認めたものである。従つて同一発明に対する考慮は、純技術的立場に立つての論理が正当であり、抽象論によつて審決が些かも影響されるものでないと確信するので、原告の主張に対しては両者の技術内容の比較によつて反論する。

本願発明(前者)の訂正された特許請求範囲の記載によれば、その要旨は「(I)同時に送受せられ、(II)その相互が同一繰返し周波数を有する複数段の各別の時分割通信チヤンネルを具え(III)同期信号がその一チヤンネルのみに挿入せられ、(IV)他の段のチヤンネルの同期信号位置は通信路として利用される多重多段時分割通信方式」にある。そして引用先願の発明(後者)は、その特許請求範囲に記載されたとおり、「(A)複数個の信号を適当個数の群に分ち、その各群について並列的に時分割を実施した後、(B)各群毎に異なる副搬送波に托送し、更にその全部を主搬送波で受信側に伝送する送信側の手段と、(C)上記の逆の操作を施して複数の信号を各別に復調する受信側の手段とよりなる多重通信方式を用い、(D)各群に共通な時分割切換用同期信号は主搬送波又は副搬送波の一にのみ挿入され、(E)他の副搬送波の該同期信号相当位置も通信路として利用されることを特徴とする多重通信装置」である。そして両者を比較検討するに当り、前者の特許請求範囲に記載した「チヤンネル」なる用語は、普通には回線又は通信路を意味するのであるが、その明細書本文の記載から見てこれを「チヤンネル群」、すなわちここでは「段」と解するのが相当である。

そこで後者の同期信号が副搬送波の一に挿入された場合を考慮すれば、(D)は前者の(III)に該当し、且つ前者の(IV)と後者の(E)も全く同一である。また両者の時分割信号が複数段の各別の時分割通信チヤンネルに乗せられ伝送される点で両者間に技術的な相違はない。すなわち前者では(I)(II)の条件によつてこれを規定しており、字句上の相違は認められるが、時分割信号が同一繰返し周波数を有していなければならないことは両者共に同一であつて右(I)(II)と(A)(B)間には、技術的に何らの相違点がない。これを具体的に明細書の記載に従つて考えてみるのに、前者の前記(II)中には「複数段の各別の時分割通信チヤンネル」とあるが、その明細書の記載によれば、複数段にする手段は、周波数的に多段にすること及び有線線路であることが明記されており、周波数的に多段にするには、異なつた搬送周波数を使用するものであることは明細書の説明に徴して明らかであるから、この多段化手段は、後者の(B)で規定される異なる副搬送波と全く同一である。有線線路を使用する場合は、その明細書の記載によれば、「周波数的に多段化する代りに有線線路を用いて多段化する場合にも同様に利用されるべきは当然である」との記載及び有線線路を個別にする(附記第二項)の場合を指すものと考えられるが、そのいずれの場合にも、多段化の手段が明確に且つ具体的に説明されているものでもない。従つて、本件特許出願に関する限り、周波数的に多段化することが多段化手段の根幹をなすもので、有線線路を使用するのは、附加的事項にすぎず、有線線路を使用して多段化する場合もあり得るという極めて軽い意味にすぎない。のみならず、そもそも無線回路による周波数分割多重電信方式は、有線における搬送式多重電信方式を無線回線に応用して行われるに至つたものであるから、原告は、本願は引用先願と同様の着想を異なつた手段で具体化したものであると主張するが、右の公知技術から考えてみても、両者の具体的手段に相違があるものとは認められない。これを更に詳しく説明すれば、原告は、本願は引用先願の周波数的に多段にするという制限を撤廃し、且つ一つの主搬送波に乗せるという制限を撤廃したものといい、また、引用先願は狭範囲のものであつて、本願はより広い視野に立つた広範囲の発明であると主張する。しかし本願発明も周波数分割と時分割を多重多段に組合せる点に立脚点をおくことはその明細書の記載及び原告の主張から見て明らかであり、引用先願もその点で変りはない。従つてこの立脚点に着目し、前記の原告の主張を分析するならば、周波数分割によつて多段にする制限を撤廃するということは、そもそも何を意味するのであろうか。はたまた本願発明が引用発明より広範囲であるとは何に立脚してそのような議論ができるのであるか、被告には甚だ疑問である。それは単に、皮相的に特許請求の範囲の記載の字句にとらわれすぎた議論なのではなかろうか。

そもそも周波数分割方式は、有線回線において搬送電信として広く使用されていた搬送式多重電信方式が無線回線に使用されるに至つたものであること前記のとおりであつて、普通には、音声(または他の信号)で各副搬送波を振幅変調し、その単側帯波または両側帯波を合わせて、更に高周波搬送波を周波数変調または位相変調するものである。従つて、引用先願は、周波数分割多重通信の入力が、音声の代りに時分割信号となつたものと解することができる。本件特許出願の発明は、引用発明と立脚点を同じくすること(同一着想であること)は前記のとおりであり、本願発明が、送受信の伝送手段を明記していないにしても、それは、高周波搬送波によつて伝送するものを指すことは論をまたないところであつて、それを有線線路にも使用し得るということは、前記のように周波数分割方式が有線回線の搬送式多重電信方式から発達して無線回線に応用されるに至つた歴史的変遷を見れば極めて当然の結論であり、伝送手段が無線であるか、有線線路であるかは、別に問題となり得ない。

以上の諸点から判断すれば、引用発明及び本願発明は共に周波数分割多重通信の入力信号を時分割信号とした点で着想が全く一致し、ただ同期信号が引用発明では主搬送波または副送波の一にのみ挿入されるのに対し、本願発明では一チヤンネルのみに挿入されるものであるから、引用発明で同期信号が副搬送波に入る場合は、本願のものと引例のものとは差異がなく同一発明となるのであつて、原告主張のような発明の広狭の問題、或いは制限撤廃等は問題となる筋合のものではない。

なお原告は、両者の特許請求の範囲の記載は同一でなく、たとえ両者の実例が一致する点があり、且つ両者の基本的着想が同一であつても、発明の構成要素に相違があれば同一発明ではないといい、本件両発明の構成要素の相違点として、引用発明は複数の副搬送波の全部を主搬送波で受信側に伝送すること、すなわち引用発明の特許請求の範囲の前段の部分を、その必須の前提条件とするものであるのに対し、本願発明はこの前提条件を必要としない点で重要な相違があると主張する。しかし被告の考えるところでは、引用発明の右前提条件なるものは、その明細書の全体から判断して周波数分割多重方式そのものの伝送条件を併記しただけであつて、「周波数分割多重通信方式の入力信号を時分割信号とする通信方式」の技術を恰かも必要要件なるかの如くに罹列したにすぎないものと考えられ、この着想はやはり本願発明にも当てはまり、従つてこの前提条件は本願発明でも何ら撤廃されているものではない。

また原告は本願発明の「有線線路的に多段にする」通信は周波数分割ではなく、また周波数的に多段にするにしても主搬送波を用いることなく、多段の周波数すなわち搬送波(副搬送波を指すものと考える)をそのまま一本の有線または無線の線路に乗せて送る方式であるという。これは原告において本願の明細書に明記しない事項について、右のように、本願発明で使用し得る分野を羅列したものと考えるが、

(1)  周波数的に多段にした場合でも主搬送波を使用しないで一本の有線で送る場合には、その伝送手段は、前記の有線通信における搬送式多重通信方式における既存技術と技術的に何ら変るものでなく、やはり周波数分割多重通信の範疇に入るものである。また主搬送波を使用しないで無線で送ることは恐らく不可能であろう。

(2)  有線線路的に多段にすることが周波数的に分割するものでないとする主張を借りるならば、本願発明の構成は、次の二つの構成要件を有することとなる。すなわち

(A) 周波数分割多重通信の入力信号を時分割信号とし、同期信号は一チヤンネル群のみに挿入する。

(B) 時分割信号を有線的に多段に伝送し、同期信号を一チヤンネル群のみに挿入する。

そしてこの(A)(B)の共通点は同期信号が一チヤンネル群に挿入される点に存するものと考える。

以上の点から簡単に本件両発明が同一発明と認められた所以が明確になるであろう。すなわち、前記(A)の部分は、前記したとおり、引用先願発明と全く同一発明であり、(B)の部分が引用発明に明確に記載されていない部分である。しかし抗告審判の審理の過程中で、両者の発明が明確に区別できないから本願発明で多重多段にする手段を本願の特許請求範囲中に明記するように訂正指令を発したものであり、この点が明記されれば本願特許発明は特許になつていたものである。右の(A)(B)は勿論本件特許出願明細書の特許請求の範囲に明記されていないが、その明細書の記載及びその実施の態様より判断して、二つの構成要素からなるものと考えられるものであり、前記のように、引用先願が右(A)と全く同一であることから見て、簡単に表現すれば、引用先願は(A)であり、本件特許出願は(A)または(B)の関係にあるものということができる。そして現在特許庁で二つの発明が同一か否かを判断する場合、(A)という発明と、(A)または(B)という発明があつた場合、後者が(A)を削除しない限り両者を同一発明と見る考え方をとつており、これは妥当なものと考えられるところであるから、この意味においても本件両発明を同一発明とした審決の判断には不当はない。

(五) また、原告は、原告が被告の指示した訂正指令に応じないがゆえに審決において無理に同一発明と認定された、と曲解しているが、決してそのような事実はあり得ない。

そもそも、本件特許出願の明細書の記載をみるのに、その特許請求範囲の記載は、引用先願と明確に区別できず、しかも、その技術的範囲は、その重要な構成要素において、引用先願と重複している。従つて、審判長は合議の結果訂正指令を発し、原告の抗告審判の請求書の記載から見て、本願発明は引用先願発明と同一の着想を異なる手段で具体化したものであり、その異なる手段とは有線路を指すものと認められたので、この趣旨を特許請求の範囲に明記するよう指示したのであるが、原告は却つて明細書中の記載より「搬送周波数の差異又は有線路によつて分割されている」との部分を削除し、その訂正指令に応じなかつた。そして明細書全文の記載から見るのに、第二図に示した本件特許出願の基本的な説明には、周波数分割多重多段と時分割通信との併用に相当の重要な要素が存在し、原告が主張するような有線線路による多段は、その明細書中には「周波数的に多段化する代りに有線線路を用いて多段化する場合にも同様に利用される」との記載及び附記第二項のみである。

本件特許出願の要旨には多重多段時分割通信方式の伝送手段を明記していないが、実際には、通信方式の発明の構成要件としてそれを明記すべきものと考える。すなわち明細書の記載は、発明の属する技術の分野において通常の技術的知識を有する者がその発明を正確に理解し、且つ容易に実施し得るべき程度に記載されねばならない。しかもその技術的範囲は、本件特許出願におけるような同一発明者による先願が存在する場合には、特に明確になるように審理すべきは当然であり、不明確なままで特許すべきものではないと考える。そして我が国のように先願主義を採つている特許制度のもとでは、先願者に特許権が附与されるものであり、同一発明については最先の出願者に限り特許することとなつているのである。そしてまた一発明について一特許権を附与し、二つ以上の特許権を附与すべきものでないことは特許法規上自明の理である。従つて前記のようにその一つについて特許権を附与した以上(引用先願特許発明)、同一発明についての本件特許出願は拒絶すべきものといわなければならない。すなわち本件特許出願については、引用先願と重複する部分を削除した残部を要旨とすべきものであつて、引用先願と重複する部分を包含したままの特許請求範囲の記載では、本件特許出願が引用先願と同一発明と認定されるのは理の当然である。従つて審決にはいささかも原告主張のような違法はない。

(六) 原告は引用先願と本件特許出願とは権利範囲を異にし、たまたま実施例が一致するものが存在するとしても、両者の権利範囲が互にずれているものであるから、両者は同一発明ということはできないと主張する。しかしながら本件特許出願を無線伝送(マイクロ波等)によつて実施しようとすれば引用先願と同一の方式をとらざるを得ないことは明確である。そしてまた権利範囲が互にずれていることは被告も認めるに吝かでない。その権利範囲が互にずれていることを認めるが故に抗告審判審理過程中で訂正指令を発したものであつて、両者の発明を明確に区別し得るように明細書の記載をなすべきは出願人の責務といわなければならず、これをしないために先願発明と重複する部分があり、ためにこれを同一発明と認められることは出願人の責任であつて、洵に己むを得ないことといわざるを得ない。

三、以上のとおりであるから、本件審決には何ら原告主張のような違法はなく、その取消を求める原告の本訴請求は失当である。

第四、証拠関係<省略>

理由

一、特許庁における手続経過、本願発明の要旨及び審決理由に関する原告主張の請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二、右当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第一号証の一ないし三、同第三号証の五、六及び第四号証によれば次の事実が認められる。

(一)  本願発明の特許請求の範囲は「同時に送受せられ、その相互が同一繰返し周波数を有する複数段の各別の時分割通信チヤンネルを具え、同期信号がその一チヤンネルのみに挿入せられ、他の段のチヤンネルの同期信号位置は通信路として利用される多重多段時分割通信方式」というにあつて、この発明は多段的に多重時分割通信を行うように構成し、且つ同期信号はその一段にだけ挿入し、他の段の同期をこれを利用して行わせること及びそれらの同期信号に該当する位置に通信路を設けたことを特徴とする多重多段的時分割通信方式にかかるもので、その目的とするところは通信路得数を多くするこの種通信方式を得ることにある。

(二)  他方引用先願特許発明の特許請求の範囲は「複数個の信号を適当個数の群に分ち、その各群について並列的に時分割を実施した後、各群毎に異なる副搬送波に托送し、更にその全部を主搬送波にて受信側へ伝送する送信側の手段と、上記の逆の操作を施して複数の信号を各別に復調する受信側の手段とよりなる多重通信方式を用い、各群に共通な時分割切換用同期信号は主搬送波又は副搬送波の一にのみ挿入され、他の副搬送波の該同期信号該当位置も通信路として利用されることを特徴とする多重通信装置」というにあつて、この発明は多重通信を実施するに当り、周波数分割と時分割とを組合せて搬送波の利用率を大きくして多重化を急速に大きくすることを目的とするものである。

(三)  そして右引用発明は昭和二七年五月二四日に出願せられ、昭和二九年五月一五日に同年第二、六六二号をもつて出願公告となつたものであり、本件出願は右引用発明におくれること約五ケ月である昭和二七年一〇月二二日の出願にかかるものである。

(四)  審決は本願発明が右引用先願発明と同一発明であるとして旧特許法第八条の規定によりその出願を拒絶すべきものとするのであるが、その理由とするところは、

「両者を対比するに、両者共にその相互が同一繰返し周波数を有する複数段の各別の時分割通信チヤンネルを具え、同期信号がその一チヤンネルのみに挿入され、他の段のチヤンネルの同期信号位置は通信路として利用される点で同様であるが、ただ後者(引用先願発明)は複数個の信号を各群毎に異る副搬送波に托送し、更にその全部を主搬送波で受信側に伝送するようにしているに対し、前者(本願発明)では多重多段にする手段は明記しておらず、単に複数段の各別の時分割通信チヤンネルを具えるとのみ記載した点で相違している。

よつて案ずるに、前者において多重多段にする手段は、後者における如き無線通信のみならず、有線通信をも包含するものなることは、その明細書並びに図面の記載に徴して明らかな所であり、後者が偶々無線通信の手段によつて送信側より受信側へ複数個の時分割信号を伝送するものであるとしても、多重多段の各別の時分割通信チヤンネルを具えている点で両者共に変りなく、且つ前者の多重多段の手段が後者の如き複数個の信号を各群毎に異る副搬送波に托送し、更にその全部を主搬送波にて受信側に伝送する送信側の手段をも包含するものであるから、その構成において両者の間に多少の相違点があるにしても、時分割通信パルス列を多段的に構成し、同期信号はその一段にだけ挿入するという本願の発明の着想は、前記引例と何等変りはなく、同一と認めざるを得ない。

抗告審判請求人(原告)は、その請求書において、後者は多重多段にする手段が異なる周波数の副搬送波に托することに限定されており、前者は、後者と同一の着想を異なる手段(有線路)で具体化していると主張しているが、抗告審判請求人は前述の訂正書(昭和三四年一一月二一日付訂正書)において本願の発明の具体的手段としてあげられた有線通信路を削除したのであるから、本願の発明の要旨は、その具体的手段においても前者と変りは認められなくなつた。

従つて、以上説示した事項を勘案すれば、本願の発明は特許請求の範囲に、多少字句上の相違はあるにしても、結局、前記引例と同一発明と認められる」

というにある。

三、そこで右審決の当否を検討する。

(一)  まず原告は、本願発明と同一発明であるとしてその比較の対象とせられた引用先願特許発明について、審決はその発明の要旨を確定していないと非難する。そしてなるほど審決の表現だけから見れば、審決は、引用先願発明について、その「明細書及び図面には………の装置が記載せられている」とだけ表示し(このことは前示甲第三号証の六によつて明らか)、その要旨がどこにあるかについては明示的にはこれを認定していない。しかし右記載せられている装置の内容として審決の表示しているものは、引用発明の「特許請求の範囲」に記載せられたものそのものであつて、審決は右に記載せられたものそのものが引用先願発明の要旨であると認め、その前提に立つて爾後の論旨を進めているものであること審決全体を見ればこれを了するに余りがあるところであるから、右原告の非難は当らない。

(二)  そこで本件最重要の争点である両発明を同一のものと見るべきか否かについて考えてみる。

本件両発明が多重多段時分割通信方式において、その時分割用同期信号を多段にせられた搬送波の全部に入れることなく、その一段だけ(引用先願にあつては主搬送波にこれを入れる場合もある。)に挿入し、他の段の同期信号位置を通信路として利用するとの基本的着想において両者が一致することは原告もこれを認めるところである。ところで引用先願にあつては、この基本的構想を具体化するに当り、その特許請求範囲に記載するとおり、まずこれを複数個の信号を適当個数の群に分け、その各群について時分割を施した後、各群毎に異なる副搬送波に托送し、更にその全部を主搬送波で伝送する多重多段時分割の通式方式にこの構想を適用したものであつて、この場合にあつては、各群毎に周波数分割をせられた副搬送波を更に主搬送波で伝送するものであるから、時分割用同期信号は副搬送波の一にだけ挿入する場合もあるが、主搬送波にこれを挿入し、副搬送波には全然これを挿入しない場合もあるものである。ところが本願発明の場合は、その特許請求の範囲から見れば、引用発明同様多重多段の時分割信号を伝送するものではあるが、その伝送手段及びその多重多段にする手段については何らの限定もしていないものであり、従つて搬送波の周波数分割も必らずしもこれを必要としないし、また固より主搬送波を必らず必要とするものでもないが、同期信号は必らず時分割通信の搬送波の一に挿入しなければならない制限を有するものである。

そこで両者を比較すれば、引用先願発明のものは、必らず主搬送波を用いるものであり、その当然の結果として各副搬送波は必らず互に周波数を異にするものでなければならないのに対し、本願のものは主搬送波を必らずしも必要とせず、且つ各搬送波の周波数も必らずしも互に異なることを要しないものであつて、この意味において引用先願発明を拡張したものでもあり、また引用先願のように主搬送波に同期信号を挿入する場合を含まない意味においてはこれを狭く限定したものでもあるのである。従つて両発明はその基本的着想を共通にするものではあるが、その着想を具体化した発明そのものとしては、各その構成要件を異にするものであつて、とうていこれを同一発明と見ることはできないものとしなければならない。

もつとも引用先願のものが同期信号を副搬送波に挿入した場合と、本願のものが主搬送波を使用した場合とにおいては、両発明がその実施の態様においてこれを区別できない場合のあり得ることはこれを否定できないところである。しかしこの場合においても、両発明の構成要件の点からこれを見れば、引用先願の場合は、必らず主搬送波を使用し、同期信号はこの主搬送波に入れてもよく、また副搬送波の一に入れてもよいというものであるに反し、本願のものは、主搬送波使用の場合においても、同期信号は必らずこれを副搬送波に入れなければならないものであつて主搬送波にこれを入れる場合はあり得ないのであるから、発明必須の構成要件としては両者間に差異があり、ただその実施の態様において、互に重複する場合があり得るというにすぎないものと考えられ、かように発明実施の態様において区別し難い場合が起り得るとしても、両者が発明の構成要件を異にする以上、この両者をもつて同一発明とすることはできないものといわなければならない。

従つて本件両発明を同一発明と判断し、旧特許法第八条の規定によつて本件出願を拒絶すべきものとした本件審決は失当であつて、とうてい取消を免れないものというべきである。

四、(一) 被告は原告の「本願発明は引用発明の周波数的に多段にするとの制限を撤廃し、また一つの主搬送波に乗せるという制限を撤廃したものである。」との主張に対し、その撤廃のことは本願発明の詳細なる説明の部分には何ら明記せられておらず、却つて「搬送周波数の差異によつて多段化されること」「周波数分割的に多段にすること」を明記しているから、何ら右原告主張のような制限を撤廃したことにはならないと主張する。しかし本願発明の特許請求の範囲から見て引用発明における右のような制限(限定)が本願発明に存しないことは明らかであるし、制限の撤廃ということが前記のような多段化の手段を除外することを意味するものでないことはいうをまたないところであるから、右被告の主張はこれを採用するの価値はない。

(二) また被告は、原告の「引用発明は必らずしも無線通信方式に限るというものではない」との主張をとらえて、若しそうであれば本件発明が同一であることを原告自身自認するものであるというが、その然らざることは本件弁論の全趣旨に徴して明らかであるとともに、本件両発明の差異が有線無線の差異とは必らずしも関係しないものであることは前説示に徴して明らかであろう。

(三) また被告は本願発明は引用先願発明を包含するものであるといい、これを簡単にいえば引用先願をAとすれば本願はAまたはBの関係にあるものという。しかし本願発明が引用先願発明を全部包含するものでないことは、前に認定したところからして明らかであるから、この被告の主張の採用できないこともまた明らかである。

(四) 被告は引用発明の「複数の副搬送波の全部を主搬送波で受信側に伝送する」との要件は、その明細書の全体から判断して周波数分割多重通信方式そのものの伝送条件をただ併記しただけで、引用発明の必須の構成要件をなすものではないかのような主張をする。しかしその然らざることは、右引用発明の特許請求範囲の記載自体及び右発明における副搬送波及び主搬送波の果す役割から見て明らかというべきであり、右被告の主張もまたこれを採用するの限りではない。

(五) また被告は、本願発明の特許請求範囲の記載は引用先願と明確に区別できず、しかもその技術的範囲は、その重要な構成要素において重複しているので、その重複部分を削除した残部を要旨とするのでなければ、これを同一発明と認めて然るべきであるかの主張をする。しかし、本願発明と引用発明とがその一部の実施例において一致するもののあることは前記のとおりであるが、その各個が構成要件において明確に区別のできないものでないことは既に説明したところからして明らかであるし、また両発明の重要な構成要素に共通なものがあるからといつて、他の要素にかかわりなく、直ちにこれを同一発明ということのできないことはいうをまつまい。

五、以上のとおりであつて、本願発明を引用先願発明と同一発明と認めて旧特許法第八条の規定によりその出願を拒絶すべきものとした本件審決は、その余の争点について判断するまでもなく失当であつてこれを取消すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 吉井参也)

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